ボストンのバイオテックスタートアップであるMatchpoint TherapeuticsにてSenior Principal Scientistを務める寒原 裕登氏が、アカデミアから創薬スタートアップへの転身、VCでのカンパニークリエーション、免疫学×共有結合化合物の最前線、ボストンの資金調達環境とキャリア観を語る。
簡単に自己紹介をお願いします。
ボストンのバイオテックスタートアップであるMatchpoint TherapeuticsでSenior Principal Scientistをしております 寒原 裕登と申します。私は日本で研究のキャリアをスタートさせ、大阪大学の微生物病研究所でC型肝炎に代表されるウイルスを対象とした研究で博士号(Ph.D)を取得しています。
当時、C型肝炎は世界的にも患者数が多く治療奏効率も50%程度であり、医学的に重要な研究テーマの1つでしたが、2012年から2014年頃にかけて、C型肝炎に対する治療は大きな転換点を迎えました。ウイルスタンパク質を直接する阻害する良い薬が登場し、それまで主流だったインターフェロン・リバビリン療法に比べて、治療成績が劇的に改善したのです。これは患者さんにとっては非常に喜ばしいことあり、研究分野としてのC型肝炎は、ある意味で大きなゴールに到達したとも言えます。
こうしたタイミングで2012年にポスドクとして渡米し、オハイオ州クリーブランドにあるCase Western Reserve大学では引き続きC型肝炎の研究に従事しました。その後、2014年にボストン・ハーバード大学に移ってからは研究分野を大きく転換し、免疫学の研究をスタートさせるに至りました。2019年までアカデミアで基礎研究に取り組み、最終的にはインストラクター(講師)として、学生やポスドクの研究指導にも携わりつつ、自身の研究プロジェクトを進めていました。
ハーバード大学には創薬関連のファシリティが充実しており、創薬に繋がる化合物スクリーニングやトランスレーショナルなプロジェクトに関わる機会も多くありました。そうした中で私が研究していた免疫ターゲット分子に関する論文に興味を持ってくれたスタートアップから声をかけていただいて、スタートアップでのポジションオファーを頂きました。これが創薬業界へ進む大きなきっかけになりました。最初にジョインした会社自体は2年間で潰れてしまったのですが、その会社をサポートしていたベンチャーキャピタル(VC)のAtlas Venturesが新たに立ち上げようとしていたスタートアップの立ち上げメンバーとして改めてお誘いいただき、現在のMatchpoint Therapeuticsでのキャリアがスタートしました。現在の企業でも免疫学にフォーカスした創薬研究を進めています。
バイオテックスタートアップ立ち上げ時のご経験について教えてください。
現在所属しているMatchpoint Therapeuticsは、前職のスタートアップが解散した後、同じVCの主導によって立ち上げられた会社ですが、立ち上げより以前、VCでのカンパニークリエーションからジョインさせていただきました。所有技術のアセスメント段階から参加し、「このプラットフォームで何ができるのか」「どの疾患領域を狙うべきか」「どのようなストーリーで投資家や製薬企業に価値を伝えるのか」といった点を、ゼロから議論しました。特に印象に残っているのは、ターゲット選定のプロセスです。技術だけを見て判断するのではなく、その分野のKey Opinion Leader (KOL)や外部専門家と数多く議論を重ねました。ドラッグディスカバリーの教科書に名前が載るような研究者と直接議論しながらストラテジーを練る経験は、非常にチャレンジングでありましたが同時にとてもエキサイティングでした。
現在所属されているMatchpoint Therapeutics社のターゲット疾患領域や技術について教えてください。
具体的なターゲット疾患は公開していないので言えませんが、免疫学にフォーカスした研究をしているため、広く自己免疫疾患を狙っていければと考えています。
私たちの中核技術は、共有結合化合物(Covalent Compounds)を用いて免疫に関わる重要分子をターゲットとした創薬です。従来の低分子阻害剤は、標的タンパク質に結合しても、時間とともに解離してしまいます。そのため、効果を維持するためには、血中濃度を一定以上に保つ必要があります。一方、我々がフォーカスしている共有結合化合物は、標的タンパク質と共有結合するため、一度結合すると基本的に離れず、持続的に作用するというアドバンテージがあります。また、共有結合する今まで見つかっていない分子ポケットを探索できるため、転写因子などの従来阻害することが難しかった標的タンパクを新たに阻害することが可能です。
そして、我々が持っている創薬プラットフォームの”ケモプロテオミクス”は、この共有結合化合物がタンパク質に結合する際に生じる分子量の変化をマススペクトロメトリー(質量分析法)で検出することで、結合イベントを網羅的にスクリーニングすることができます。
貴社がフォーカスされているモダリティや技術について、ボストンでのマイクロトレンドを教えてください。
ボストンのバイオテックエコシステムでは、現在「次世代低分子化合物」が大きなトレンドになっています。共有結合化合物もそのうちの1つでしょう。通常、化合物が共有結合するアミノ酸にはシステインが多いのですが、他のアミノ酸に共有結合するような化合物も注目されています。加えて、デグレーダー(Protein Degrader)と呼ばれる技術も非常に注目されています。
デグレーダーは、標的タンパク質とE3ユビキチンリガーゼの双方に結合するバイファンクショナルな分子で、標的タンパク質そのものを分解へ導く仕組みを持っています。一方では標的タンパク質を捕まえて、一方ではE3ユビキチンリガーゼが標的タンパク質を分解に導く物質(プロテアソーム)を連れてくることで標的タンパク質を分解するイメージです。
従来の阻害剤では不可能だった標的タンパク質を阻害できる可能性があり、創薬の概念を大きく変える技術だと感じています。
貴社の所在地であるウォータータウンはボストンのバイオテックエコシステムでどのような位置付けですか。
ボストンのバイオテックの中心と言えばケンダルスクエアであり、バイオテックのメッカとして未だに盛り上がっていますが、オフィスやラボを構えるスペースが限られてきており、その名声ゆえに家賃も非常に高い状況が続いています。
一方、我々が拠点を置くウォータータウンは、近年小規模ながらも自立したバイオクラスターが形成されつつあり、ケンダルから約5km西と比較的近くに位置しています。これは大手不動産会社のAlexandriaが主導した土地開発によるところが大きく、近年では数百人規模の有名なバイオテックスタートアップや支援企業も入居しています。
我々が引っ越してきた当時は本当に何もありませんでしたが、近年ではNext ケンダルスクエアと呼ばれており、この2-3年で盛り上がってきたエリアです。バイオテックスタートアップとしては、ケンダルスクエア以外の選択肢も出てきて良いことだと思います。
貴社は2022年にシリーズA調達を実行していますが、現在のボストンでの情勢を踏まえ、今後の資金調達動向をどのように見ていますか。
2022年のシリーズA資金調達は、バイオ投資バブルが終盤に差し掛かっていたとはいえ、比較的良い条件で実施することができました。しかし、2024年以降は金利の高止まりもあり、資金調達環境は急速に厳しくなっています。我々は運良くNovartisとのディールが成立した資金を確保することができましたが、環境は以前にも増して厳しいといえるでしょう。今年はシリーズBの資金調達に向けて頑張っていこうという雰囲気はありますが、どうなるかは分かりません。
また資金調達という観点では、企業ステージによって求められることが変わると感じています。現在の環境において、特にレイターステージのスタートアップはいかにデリスク(De-risk)するかが求められますが、我々のようなまだ製品の無い、製品を作っている段階のアーリーな会社が、デリスクしてbest-in-classの比較的安全な創薬を選択すると、他社と同じことをやっているだけという評価になり、誰からも注目されなくなってしまいます。他社がやっていないチャレンジングなfirst-in-classを狙うという、明確なリスクを取る戦略をしないとメガファーマも興味を持ってくれません。実際、Novartisとのパートナーシップも、我々の挑戦的な姿勢を評価していただいた結果のディールだと考えています。
研究開発を行う上でステークホルダーとコミュニケーションする際、気を付けるべき点は?
現在、私はSenior Principal Scientistとして研究開発をリードしていますが、それと同時に、経営陣、投資家、製薬企業など、多様なステークホルダーと日常的にコミュニケーションを取っています。CSOやVPなどビジネスサイドから依頼される事項については科学的にmake senseではないと感じることもしばしばありますが、その際に意識しているのは、「相手が何を考えているのか」を理解しようとすることです。おそらく投資家とのミーティングで要求されたのであろうとか、そういった依頼背景を1 on 1でさりげなく探ってみたり、相手の目線に立って一度は考えることが重要だと思います。バイオロジスト同士であれば、前提を省略して議論できますが、異なるバックグラウンドを持つ相手には、その前提を丁寧に共有する必要がありますね。
アカデミアからスタートアップのキャリアを振り返ってみて感じることがありますか。
アカデミアで研究を開始した当初は、PIとして研究室を持ち、独立した研究者として研究を続けるキャリアも考えていました。ただ、ボストンで長く生活する中で、現実的な問題にも直面しました。特に生活コストの高さは想像以上で、家賃は月3,000〜4,000ドルが当たり前です。若い独身の頃は「お金がなくても研究ができればいい」と思っていましたが、家庭ができたタイミングで企業でのキャリアも視野に入れるようになりました。そうしたタイミングでボストンのスタートアップから声をかけていただいて、自分は幸運であったと感じています。
スタートアップで創薬研究に関わる中で感じるのは、スタートアップでも非常にイノベーティブな研究ができるということです。むしろ、ドラッグディスカバリーという分野では、企業の環境の方がプロフェッショナルで、スピード感もあり、研究成果が社会実装につながる距離が近いと感じています。
最後に、海外進出を目指す皆様に一言
海外進出を目指す方には、明確なゴールがなくても構わないので、まずは現地に行き、実際に体験して肌感覚を掴んでほしいと思います。私は大学では薬学部に在籍していたのですが、教授から「東南アジアで薬草を拾ってきてほしい」というタスクを与えられました。その当時、全く英語もできない中で現地の人に助けてもらいながらフィールドワーク・研究をした経験が本当に面白く、その時の経験が将来的に創薬研究をしてみたいという想いに繋がり、その後のキャリアを大きく方向付けました。体験することで初めて見える景色があると感じています。