日本発サイエンスのグローバル展開を支援するAN ベンチャーパートナーズ所属VC、島田淳司氏が語る、米国市場攻略の戦略、資金調達、文化の壁の乗り越え方。日本発製薬スタートアップの成長機会と成功への道筋を解説。

簡単に自己紹介をお願いします。

島田淳司と申します。ベンチャーキャピタリストとして7年ほど活動しており、AN ベンチャーパートナーズ(ANV)には昨年8月に参画してちょうど1年になります。以前は東京大学エッジキャピタル(UTEC)で6年半キャピタリストを務め、モデルナに買収されたOriCiro Genomics社を創業からExitまで支援したほか、日本人研究者がボストンで創業したSOLA Bioscienceへの投資などにも携わってきました。

UTEC以前は弁理士として特許事務所で5年間勤務した後、武田薬品とバイエル薬品に計14年在籍しました。知的財産業務に従事した後、ライセンシング・事業開発や経営企画・戦略といった業務に携わり、シカゴにある武田薬品の米国本社では3年間、グローバルな視点で事業開発を経験しました。

米国で目にした、ボストンに代表されるようなスタートアップエコシステムを日本にも根付かせたいという思いから、帰国後はスタートアップ業界に身を投じ、現在に至ります。

2025年現在の日本の政策を踏まえて、日本発技術を扱う製薬スタートアップにとってのチャンスとリスクはどこにあるとお考えですか?

日本のサイエンスは、アカデミアレベルだと世界トップクラスで、ノーベル賞受賞者数、特許数、研究開発費など、さまざまな指標でも世界ランク上で上位を占めています。一方で、サイエンスをビジネスに変える力は日本の今の課題だと思っています。日本のバイオテックエコシステムは発達途上で、製薬・バイオ分野でのスタートアップ経験を持つ人材が少なく、国内VCのファンド規模も米国に比べて小さいのが現状です。薬の開発には数百億円規模の資金が必要となるため、臨床試験から承認、患者さんへの提供まで進めるには十分な資金力が不可欠です。また、事業をグローバルに牽引できる人材の確保も重要です。

政府も課題を認識し、スタートアップを成長させる様々な施策を打ち出しています。代表例がAMEDの創薬エコシステム事業で、VCが出資した金額の最大2倍の補助金を政府が追加資金として供給します。AMEDの資金は助成金であるため、株式が希薄化しないという大きなメリットがあり、大型資金を確保しやすくなっています。こうした支援を活用し、最初から世界全体を視野に入れ、特に市場の半分を占める米国を強く意識した事業展開を行うことが重要です。

リスクというか、よくありがちな日本のスタートアップとしては、日本国内だけで完結する小さな事業計画に留まってしまうことです。それでは成長の上限が抑えられ、投資家も支援しにくく、本来グローバルで大きく成長できるサイエンス・技術が小さくまとまってしまいます。視野を広げ、サイエンス・技術の価値を最大化するために、キャピタルやチームをどう組成するのかを検討し、日本にとらわれず世界を見据えて薬の開発を進めることが不可欠です。

2025年7月にANVは$200Mの1号ファンドをクローズされましたが、この大型プロジェクトには、どのような戦略や意図が込められていたのでしょうか?

ANVは、日本のサイエンスが世界トップレベルである一方でまだ十分に発展していない日本のバイオテックエコシステムを強化し、グローバルで通用するスタートアップを創出することを目指しています。そのための戦略として、ANVでは日本発のサイエンスやテクノロジーを対象とし、Day 1から米国に会社を設立して現地の投資資金や優秀な人材を活用し、経営チームに米国の人材を迎え入れ、トップVCとのシンジケーションを組み、大型資金を調達して事業を成長させることなどを柱としています。

バイオテックは開発に莫大なコストがかかる領域であり、例えば製薬会社にバトンタッチできる段階までアセットを育てるには、1社あたりでも相当な資金が必要です。さらに10社規模で支援していくとなれば、十分な規模のファンドが不可欠です。その観点から、$200Mというファンドサイズは、戦略を実現するうえで必要最低限の規模を確保した最適なバランスと考えています。

上記については、日本の投資家も課題として認識をしていますが、それを打破する具体的な戦略を示せるプレイヤーは限られています。ANVは、ARCH Venture Partnersのような米国パートナーとの提携を通じて、米国市場でも戦いやすい体制を整えている点が大きな強みです。このアプローチは、日本のバイオテック産業の課題を突破する処方箋の一つになると考えています。

日本と米国のバイオテックエコシステムにはどのような文化や構造的違いがあり、日本は自国の課題をどう乗り越えるべきでしょうか?

大きなところは人の流動性ですね。米国では転職を重ねてキャリアを築くのが一般的で、人材が活発に動きます。一方、日本では一度入った会社でキャリアを築いていく傾向が強く、製薬会社からバイオテックに移る動きが少ないため、エコシステムの成長を支える人材の循環が生まれにくいのが現状です。

日本は今ようやく本格的にスタートラインに立った段階です。ここからエコシステムを発展させるには、いくつかの成功事例を生み出し、挑戦する人材や資金、支援者が集まる好循環をつくることが重要です。成功例が現れれば、人もお金も動きやすくなり、挑戦する空気が生まれます。

米国はすでに20年先を行く成熟した仕組みを持っており、そこから学べる部分も多いです。日本国内だけでは経験値や土壌がまだ不足しているため、海外の成熟したエコシステムから知見や人材を取り込むことは重要ですが、日本が発展していくためには、米国のやり方をそのまま真似るのではなく、日本独自のエコシステムとして成長すべきだと思っています。米国の良いところは取り入れつつ試行錯誤しながら発展させ、スタートアップが産業として確立され、国に経済的な利益をもたらす形にまで育てば、日本のバイオテックエコシステムの成長という意味では成功ではないかと思います。

そのためには、グローバルな環境で日本の人材を育て、米国のビジネスのやり方を理解しかつ、日本のやり方も考慮して調整できる人材を増やすことが重要です。日本で育った人がいきなり米国のやり方でビジネスをするのは非常にハードルが高く、文化の違いはすぐに解決できるものではありません。一方で、米国のやり方を理解し、日本にいながら米国とビジネスを進めやすくする日本人を増やすことは可能だと思います。こうした人材が増えれば、日本からでもグローバルなビジネスを円滑に展開できるようになるでしょう。

出資を検討する際、国内外の投資家や経営者から受ける印象の違いはありますか?

一般的にバイオのビジネスは、世界市場の半分を占める米国で成功すれば成り立つビジネスで、逆に米国抜きでは成り立たないビジネスです。医薬品の薬効等は、人種差はあるものの人類に対して共通であり、グローバルでの臨床試験を経て承認取得し、世界中の患者さんに薬を届けるというシンプルなモデルが存在します。世界最大市場の米国では、企業が自国市場だけをターゲットにしてもビジネスが成り立つが、日本企業の場合、日本市場だけを前提に事業計画を立ててもビジネスとしては成立しにくく、それでは長年の研究成果を世界中の患者さんに届けられません。さらに、海外投資家は投資リスクの不透明性から、日本に拠点を置くスタートアップにはほとんど投資しません。つまり、日本に会社がある場合、米国を中心とした海外VCの資金へのアクセスが難しい状況にあります。したがって、日本のサイエンスに基づいて創出された医薬品を世界中の患者さんに届けるためには、米国に会社を設立し、米国のキャピタルにアクセスし、それを支えるグローバルなチームを組成し、世界最大のマーケットである米国を中心としたグローバルな臨床開発・販売を進めていくことが重要です。

日本人にとってはとてもハードルの高い戦略にはなりますが、ANVは米国法人を設立し、独自のネットワークにより米国投資家が出資しやすい仕組みを構築しているため、ぜひ協業させていただきたいと考えております。当社との協業により、言語の壁を乗り越え、米国投資家を引きつけられる人材が輩出されることを期待しています。

投資家に関して言えば、米国のバイオテック資金調達環境は悪化しており、IPOも難しいため、米国投資家はリスクを避け後期段階の臨床試験に集中し、初期段階への投資は減少しています。一方、日本は先ほどのAMED事業を始め政府資金が潤沢で研究開発コストも低いため、初期段階のアセットに低いValuationで投資し育成した上で、米国環境が好転したタイミングで米国投資家に引き継ぐという戦略が可能です。政府資金が潤沢で競争がまだ少ない今こそ、日本は投資家にとっても経営者にとっても大きなチャンスといえます。

スタートアップ企業はどのようにして自社の価値を効果的に伝え、グローバルの競合他社と差別化できるでしょうか?

まず大前提として、「サイエンスがしっかりしている」、「データが信頼できる」と思ってもらい、それをストーリーとして語れることが最も重要です。医薬品においてサイエンスは世界共通であり、その価値は普遍的に通用します。ローカルごとのマーケットや文化への最適化があまり必要なく、サイエンスという世界共通の言語でビジネスを進められるため、グローバルに展開しやすく、他の分野と比べても日本にとって強みを発揮しやすいビジネスと言えます。取得したデータをもとに日本からグローバル市場に展開できる点は、大きなチャンスです。

経営体制の観点で申しますと、日本でよく陥りがちな問題として、役職に固執する傾向がある点が挙げられます。たとえば、一旦高い役職に就くとそれを手放したがらない傾向が見受けられます。スタートアップでは、ステージごとに会社に必要とされるスキルセットが異なり、経営陣をフェーズごとに最適化することが本来あるべき姿ですが、長い間終身雇用制度、すなわち、1社の中で職位をどんどん上げていくのが良いとされる文化の中で育った人達にとっては、容易に受け入れがたいものかもしれません。

社長交代は「その人が失敗した」という意味ではなく、ゼロから1が得意な人もいれば、1から100が得意な人もいるのでフェーズに応じて最適化したというだけの話だと思います。IPO時の社長でなくても、ある地点まで社長を務めたのは大きな成果だと思いますし、株も成果として受け取っていると思います。次の社長にバトンタッチして会社がより大きく成長するのであれば、どの代の社長であってもそのフェーズでの職務を全うし、そして経済的なインセンティブも得られていると思います。役割を果たしたら、次にバトンを渡し、その後は自分の得意分野でまた挑戦すればよい。そういう考え方はまだ日本ではあまり浸透していません。

最後、海外展開を目指す皆様に一言

せっかくビジネスをやるのであれば、より大きなインパクトを世界に与えられる会社を目指すことが大切だと思います。多くの分野では、日本で生まれた技術を海外で成功するためには各市場に合わせた調整が必要になりますが、創薬は、良い薬を作れば世界で売れるという強みがあります。世界で通用するサイエンスを扱っているのであれば、日本だけで小さく収まらず、世界を目指して挑戦してほしいと思います。それは患者さんのためになり、ひいては国益にもつながると思います。