商社出身という異色のキャリアを活かし、技術とサイエンスを武器に国境を超える挑戦を続ける田邊祐騎氏が「地道にやる」ことの力とグローバルで活躍するためのヒントを語る。
自己紹介をお願いします。
田邊祐騎と申します。成蹊大学の大学院で応用化学の修士号を取得後、化学系の専門商社KISCOに入社し、バイオ商材の営業職に携わりました。2010年頃から日本の専門商社としては珍しかったバイオベンチャーへの投資に関わり、出資先であるボストンのスタートアップをはじめとした国内外ベンチャーのハンズオン支援に携わりました。
2015年からは創薬のプラットフォーム企業である、エディットフォースの事業開発担当として、九州大学発のRNA編集技術をグローバルに展開する事業に取り組んでいます。これまでの経験を通じて、日本と海外を行き来しながら、サイエンスを軸にした国際的な連携の可能性を開拓しています。
アメリカ進出を考えるに至った動機を教えてください。
商社時代、出資先のバイオベンチャーに関わる中でボストンを訪れたのがアメリカ進出に触れる最初のきっかけでした。ネットワークが自然に回っていて、誰かが誰かを気軽に紹介してくれる環境など、フラットに繋がれる文化に強く影響を受けたことを覚えています。
滞在中にゲノム編集の世界的研究者である、David R. Liu博士との出会ったことをきっかけに、日本にもその種がないかと上司のアドバイスを得ながら技術シーズ探し始めました。2010年当時は個人的にスタートアップの黎明期という印象で、情報もまとまっていなかったため、自分たちで地道にやるしかないという状況でした。DNAや遺伝子といったキーワードを頼りに技術シーズを持つアカデミアやベンチャーのリストを作り、北から南まで全国の組織を一つ一つ訪ね歩きました。また、各大学が保有する知財を紹介する形式で開催されていた新技術説明会にも繰り返し足を運びました。
そうした中で出会ったのが、もともとは品種改良を目的として開発されていた九州大学の技術でした。その技術に対して上司がゲノム編集として応用可能なビジネスポテンシャルを見出し、開発者の先生も面白いと受け止めてくださいました。プラットフォームビジネスとして「これは会社を作るべきだ」という判断につながり、これが今の弊社に繋がる起点となりました。こうした流れの中に身を置く中で、アメリカで技術に出会い、日本で種を見つけ、立ち上げた技術をもう一度グローバルに展開することが出来たら、という構想に面白さを感じるようになりました。特に技術をビジネスにスケールする戦略性や資金力などのアメリカの強みにアクセスしながら技術の工業化を進め、国を超えてインパクトを広げることに強いモチベーションを感じています。
アメリカ進出を試みる上で直面した最大の課題は何でしたか?どのように克服されましたか?
アメリカでの事業展開において、私が特に意外に感じたのは、米国のベンチャーキャピタルが日本発のバイオスタートアップに出資する機会はまだまだ少ないということでした。距離や言語、オペレーション上の制約など、さまざまな壁があるため、投資判断が慎重になりやすいのかもしれません。また、だからこそグローバルでの評価を意識した準備を早期から始めておくことの重要性を実感しています。
これは、ビジネスでのコミュニケーションにおいても、地味ながら確実に効いてくるポイントです。言語や文化の違いに加え、物理的な距離感や時差といった「地理的な壁」は日常的なやり取りや意思決定のスピードにも影響を及ぼします。メールのやり取りだけでは熱量を伝えながら進めるのが難しく、リモート会議も「こちらから時間を合わせに行く」という感覚で、気軽に話を聞いてもらえる機会をどうつくるか、というのは課題です。
一方で、科学は共通言語です。サイエンスそのものが面白いと思ってもらえれば、こうした壁は意外と乗り越えられることも多い。だからこそ、どうやって技術に興味を持ってもらうか、どこで刺さるかを丁寧に設計することが重要だと考えるようになりました。
またアメリカとの接点をどう作るかがひとつの大きなテーマになります。アメリカ側は「自分たちにどんなメリットがあるのか」という点を大切にする部分があり、そこに繋がるエッセンスをどうやって伝えるかが重要だと感じます。例えば、会社をアメリカに作ることで雇用が生まれたり税金が落ちたりという国の経済や繁栄に直結する側面があります。また、日本では広く知られている大学や投資先、共同研究先であっても、アメリカでは必ずしも同じように伝わるとは限りません。だからこそ、現地での共同研究やネットワーク形成といった接点を戦略的に作りながら、自分たちの強みを相手の関心や期待に沿った形で自然に織り込み、サイエンスという共通言語の上にストーリーを重ねていくことが大切だと考えています。
アメリカ進出ならではの楽しさ、またはやりがいを感じたエピソードがあれば教えてください。
印象的だったのは、ある企業とMTA(Material Transfer Agreement)を結んだときのことです。アメリカには我々と同様の技術を持つ企業も存在しますし、現地に拠点を持つ企業のほうが物理的な近さから関係構築やコラボレーションの機会を得やすいため、地理的なハンディキャップは明確に存在します。その中で我々の技術を選んでもらえたこと、そして日本からの距離や契約上のコストやリスクを考慮してもなお「この技術ならやってみたい」と言ってもらえたことが、とても嬉しかったです。
実際、そうしてつながりを持った企業や担当者とは契約後も技術を通じて繋がり続けることができました。例えば学会で再会したり、進捗報告を続けたりといった活動が続いています。文化や言語が異なっていても、サイエンスという軸があれば深く繋がれるというのは、アメリカで活動する中で得られた最もポジティブな体験のひとつです。
事業開発の観点から見て、日本とアメリカのエコシステムの違いは何だと感じますか?
一番違いを感じるのは個々人の専門性の明確さと、人との会いやすさです。アメリカでは専門性がはっきりしていて、役割ごとに層ができているので、必要な人にアクセスしやすい。例えばイベントではネットワーキングが公式なビジネスの一コマとして組み込まれていることが多く、日本の懇親会的なものとは根本的に構造が違います。ネットワーキングの設計自体が、普段出会えないタイプの人と意図的に接点を持つことを可能にしており、そこから発見や新しいビジネス価値が生まれることも少なくありません。
また、アメリカでは一人ひとりが自分の専門性や役割に基づいて評価される文化が強く、組織においてもその役割が明確に区分されています。帰属意識よりも機能や成果で評価されるコンサルタントやプロジェクト専門人材が要所に関わるのもその表れであり、経営層においてもそれは同様です。例えば、技術を創出する人、会社を立ち上げる人、スケールさせる人がそれぞれ別の人物であることが珍しくなく、役割が終われば次の人に引き継がれる。社長や取締役会、コンサルタントもその一例であり、その時その時のゴールに応じて入れ替わります。こうした分業と流動性が自然に行われるエコシステムが企業の成長を支えています。
さらに、Go-to-Market戦略も非常に緻密に組まれています。KOL(Key opinion leader)やSAB、ベンチャーキャピタリストといった専門家たちが、どの疾患領域を狙うか、いつ論文を出すか、誰とコラボレーションするか、どのタイミングで資金調達するかといった出口に向かう戦略を明確に設計していて、その中に会社の成長計画が組み込まれている。属人的になりがちな部分ですが、アメリカではシステムとして動いている印象を受けました。
弊社がご提供したマテリアルが、US市場での事業開発にどのように役立ったと感じていますか?
実際に米国の企業とのやり取りの中で、「これはまさに我々が欲しかった資料だ」と言ってもらえた場面がありました。アメリカでは、キーマンが社内の上流にいることが多く、何人もの間を通じて伝言ゲームのように情報が伝わっていくことがあります。その中で、こちらの伝えたいことがきちんと届くためには、相手の質問を先読みして答える設計が必要です。御社のマテリアルは、その点で非常によくできていて、こちらが伝えたいメッセージが層を超えて届いたと感じました。
また、バイオテックという目に見えない技術を扱う領域では、抽象的な概念をいかに可視化し、理解の共有ができるかどうかはコミュニケーションを円滑に行い、技術の魅力を知ってもらう上での一つのキーになります。その点でも、図やデータを通じて技術の価値を伝えることができ、資料そのものが一つの作品になっていたと思います。生データを貼るだけではなく、そこにストーリーや構造があることで、会社としての誠実さやサイエンスに対する向き合い方も伝わったと感じています。
海外への進出を検討されている方へメッセージをお願いします。
イノベーションというのは地道なものだと私は思っています。だからまずはやってみる、人に話してみる、ということを勧めたいです。私はいわゆる製薬BDの王道キャリア出身ではなく、商社出身ということもあり、コンプレックスも感じていました。でも逆にユニークなキャリアが地道なBDという自分なりの答えに繋がったのだと思います。自分でリストを作って、とにかく会いに行って、人を紹介してもらって… そういう積み重ねを経て今があります。
スタートアップというのは、常に未知の問題に向き合い続ける存在です。個別の問題解決以上に、「常に未知と向き合う」という状態こそが本質であり、私はそこに自分なりの答えとして「地道にやる」というスタイルを見出しました。時には向こう見ずなこともあるかもしれませんが、自分なりのやり方を見つけられたこと、人が考え付かないようなことを実行に移せることが自分の強みでもあると思っています。
バイオという大きなエコシステムには、色々な入り口があり、色々な立場から貢献できる余地があります。それぞれが自分の強みを見つけて、勇気を持って一歩踏み出してみる、そういう挑戦がもっと増えていけば、バイオエコシステムは豊かなイノベーションの土壌として進化し続けるすごい場所になると思います。