MITでの研究経験とボストンスタートアップでのキャリアを活かし、グローバル展開とイノベーションに挑戦する遠藤礼子氏が、海外進出、技術開発、パートナーシップの新たな可能性を探る。
読者の皆様に、簡単に自己紹介をお願いします。
遠藤礼子と申します。マサチューセッツ工科大学(MIT)で環境工学の博士号を取得後、2017年にボストンの下水サーベイランスを手がけるスタートアップ、Biobot Analyticsに入社しました。創業メンバーとして参画し、2022年に退職するまでに、会社は1名からおよそ100名規模まで成長しました。
その後、約1年間、京都大学で日本における下水サーベイランスの導入に取り組み、2024年4月からは島津製作所に勤務しています。米国のスタートアップから日本の大手企業へと、キャリアにおいて大きな転換を経験しています。現在は日本を拠点としていますが、同社のボストンR&Dセンター立ち上げにも携わっており、その準備を進めています。
日本で既に成功を収めている企業が海外展開を行う意義とは何でしょうか?
「追いつけ、追い越せ」の時代には、国内にとどまりながら海外の技術を学び、堅実に製品を開発すれば十分でした。また、情報や技術開発のスピードが現在ほど速くなかった当時は、このビジネスモデルで十分機能していました。
しかし、現在の当社にとってこのアプローチはもはや適切ではありません。今や世界市場でのプレゼンスを高める段階にあり、競合他社を上回る新技術をより迅速に導入する必要があります。加えて、技術とトレンドが急速に変化する現代においては、最先端の技術やアイデアを可能な限り早く取り入れ、迅速に開発を進めながら、頻繁にマーケットと接点を持てる拠点を持つことが不可欠です。
京都に閉じこもり、世界の技術や市場を十分に観察せずに自社の得意分野の製品のみを開発するプロダクトアウト型アプローチからは、脱却しなければなりません。
海外バイオテックとの共同研究も視野に入れて活動するメーカーの視点から、ボストンの魅力について教えてください。
マーケットアクターの幅と多様性、そしてコミュニティの重要性は非常に大切だと考えています。現在、当社はバイオテック・製薬分野に注力してR&Dを展開していますが、単に大手製薬会社や一部の著名研究者の意見を聞くだけでは不十分です。
研究者、スタートアップ、大手製薬企業、競合企業など、多様なマーケットアクターから可能な限り多角的な視点を収集することが重要です。ボストンは、そうした多様なアクターが集積し、高密度なエコシステムを形成している点で非常に魅力的です。
『メタボロミクス』のようなニッチな分野から、『日本人研究者』のようなコミュニティまで、多様なネットワークが存在します。ボストン界隈の人々は、情報量とコネクションの多さが特徴的で、技術的な会話から興味深い共同研究のアイデアが生まれたり、的確な人物を素早く紹介してもらえたりする柔軟性があります。こうした開かれた、有機的な交流環境が、イノベーションを促進する重要な要素だと認識しています。
海外企業とのパートナーシップを築く際の課題や、気を付けている点についてお話しください。
パートナー選定において重要視しているのは、単に技術的な長所を見るだけでなく、包括的な視点を持つことです。技術の懸念点、競合技術の存在、チームの意思決定体制、将来の市場展望など、タイミングを見計らいながら広く議論し、相手の洞察力を見極めることを心がけています。
特にアカデミアとのパートナーシップでは、長期的にWin-winな関係を築ける研究者のモチベーションやパーソナリティが最も重要だと感じています。
パートナーシップを進める上で特に注意しているのは、意思決定の速さです。日本企業に特徴的な稟議システムや、マネージャー層への意思決定権限の不十分な委譲は、意思決定のスピードを下げ、パートナーに「優先順位を低く置いている」という印象を与えてしまう可能性があります。
そのため、あらかじめ協業の目的と戦略を社内で明確にし、可能な限り迅速な判断と進行を心がけています。同時に、自身のパーソナリティによる独走を避けるため、オーバーコミュニケーション(些細なことでも確認・情報共有を徹底すること)を意識し、頻繁に社内コミュニケーションを取るよう努めています。
コミュニケーションで工夫していることは?
博士課程時代からスタートアップ期を通じて、コミュニケーション能力に優れ、深く尊敬している友人が何人かいます。彼らからは多くのことを学びました。
他者の視点から見た自分のコミュニケーションの課題、長所や短所を客観的に理解することは、非常に価値のある学びとなります。彼らから受け取ったフィードバックは、すべて1冊のノートにまとめています。彼らが使っていた表現や言い回しも一緒に記録し、自身のコミュニケーションスキル向上に活用しています。
このような相互フィードバックと学び合いのプロセスは、個人の成長において極めて重要だと考えています。
海外展開を目指す皆様へのメッセージをお願いします。
ボストンのスタートアップ文化で育った私が、日本企業に就職し、ボストン拠点の開設に携わる中で、海外展開の難しさを痛感しています。
個人レベルの研究者やスタートアップであれば、積極的に海外に挑戦し、経験を積み、失敗を恐れずに学ぶことができます。寧ろ、失敗も経験なので、失敗しても特に問題ないと思っています。一方、大企業の海外進出には、それなりの覚悟とリソースを積まなければ、意味のある成功も意味のある失敗もしないのではと思っています。経営トップ層からのサポート、長中期的なビジョン、今後の経営を担う若手の育成という目的などを携えて海外展開をする日本の企業が増えればと思っています。