福澤拓氏が、ボストンでのCVC活動やアメリカ市場への進出の利点について解説。ライフサイエンススタートアップがアメリカで成功するためのネットワーキング戦略や、競争の激しい市場での効果的な価値伝達方法について語る。
読者の皆様に、簡単に自己紹介をお願いします。
福澤拓と申します。国内の製薬企業に勤め、現在はアメリカのボストンにあるCorporate Venture Capital (CVC) 子会社にて投資業務を行っています。CVCとは、通常Venture Capital (VC)等の専門機関が広く資金を集めて行うベンチャー投資を、事業会社(ここでは製薬企業)が自社の戦略目的のためにベンチャー起業に投資することを指します。CVCで働く方の多くは、研究開発や事業開発などのバックグラウンドを有していることが多く、私も16年ほど製薬企業の研究部門にて、うち5年間はシンガポールの研究所にて創薬研究に従事しました。幸いリーダーを務めたプロジェクトが医薬品として日米欧で承認され、他にも複数のプロジェクトが臨床、非臨床段階で開発されているので、いつか上市して患者さんの手に届くことを願い、長い目で見守っています。
CVCでは黎明期段階にある新しいイノベーションの芽を探索し投資することを行っています。創薬への関わり方は変わりましたが、病気で困っている患者さんに貢献したいという研究者を志した時の原点の気持ちは忘れないようにしています。また、次世代のイノベーションに繋がる情報に触れ、そこに関わっている方々と話をすることは仕事をするうえで大きな刺激になっています。
日本のライフサイエンススタートアップがアメリカ市場に進出することで得られる主な利点は何ですか?
最も大きな利点は世界最大のヘルスケア市場へのアクセスのしやすさ、資金調達の機会の豊富さではないでしょうか。市場の大きさは言うまでもなくここでは省きますが、アメリカにはバイオテクノロジーや医療分野に特化した多数の著名投資家やVC, CVCが存在します。彼らは革新的な製品や技術、アイデアに積極的に投資を行っているのに加え、経営ノウハウや人脈などの支援も提供しています。経済産業省の資料によると、アメリカでは2022年に26兆円のVC投資がなされたのに対し、日本は約0.26兆円と100分の1程度の調達額となっています [1]。
またボストンを含むいくつかのエリアではエコシステムが発展しており、世界トップクラスの大学や研究機関、医療機関が集中しているのに加え、投資会社、起業支援機関、研究スペース、法律事務所、受託機関等の環境も整っています。エコシステムは、お互いに連携することで大きな収益構造を構成するさまを表現するビジネス用語ですが、生物学的には生態系を意味します。まさに生態系のように様々な組織や人がお互いに共存・連携し、エリア全体で連続的なイノベーションを生み出している印象を受けます。一方で、日本とアメリカでは言語や文化、規制などの違いもあり、アメリカ市場への進出の利点を活かすためには、綿密な準備も必要不可欠です。
なぜボストンに移られたのですか?
ボストンエリアは、マサチューセッツ工科大学(MIT)やハーバード大学などの著名な大学や研究機関が集まっており、ライフサイエンス分野における最も活発な「イノベーションハブ」の一つです。この地域のスタートアップコミュニティに入り込むことで、より広範な最先端のイノベーションへアクセスしやすくなるというのがボストンエリアに移った大きな理由です。実際にボストンにて多くの投資家、起業家、研究者と直接話をする機会がありますが、革新的な研究開発が活発に行われ、新しいアイデアやテクノロジーが次々と生み出されているのを実感しています。
またボストンにはFlagship Pioneering、Third Rock Ventures、Atlas Venturesといった多くの著名なVCが拠点を置いています。これらの企業は、ライフサイエンス分野での豊富な知見と経験を有しており、資金面での支援はもちろん、事業化に向けたさまざまな助言や協力関係を通じて、スタートアップへの支援を行っています。私が所属するCVCでもVCの方々と定期的に面談を行っており、スタートアップに関する情報交換を行っています。
日本のベンチャーファンドとして、ボストンのネットワークをどのように活用していますか?
私が所属するCVCでは現地での投資業務経験がある方を採用しており、既存のネットワークを最大限に生かしつつ、新たなネットワークを築くことで組織全体のネットワークを広げています。日本のベンチャーファンドとして、というところには特にこだわっておらず、スタートアップ企業と同様に自分達の戦略や考えを明確に相手に伝え、継続的にコミュニケーションをとって一つ一つのネットワークを太くし、情報や意見を交換しやすい関係を築けるように努めています。
ライフサイエンスのスタートアップが、アメリカで投資家やメディアとの関係を構築し維持するためのベストプラクティスは何ですか?
アメリカの中でも特にボストンエリアではライフサイエンス関連のカンファレンスやネットワーキングイベントが多く開催されているので、こうしたイベントに積極的に参加し、投資家や関係者と直接対話する機会を設けることは重要と感じています。また、限られた時間の中で、自社の事業やテクノロジーを明確に魅力的に伝えられるよう、説明の工夫やプレゼン資料の継続的な磨き上げは重要な要素です。自分達のことを知ってもらうきっかけの一つとしては、ウェブサイトやビジネス向けのソーシャルメディアの代表格であるLinkedInをフル活用することは必須だと思います。
スタートアップ企業はどのようにして自社の価値を効果的に伝え、アメリカの競合他社と差別化できるのでしょうか?
自社の製品や技術、サービスに差別化できる点があることは前提ですが、自社の価値はそれだけに留まりません。目標を達成するための戦略や、それを実現するためのマネジメント力なども含まれます。自社の製品や技術の特徴を列挙するのではなく、なぜそこに独自性やニーズがあるのか、競合他社と何が違うのかを明確に伝える必要があります。ここが出来ていない会社は意外と多いです。また、「良いマネジメントチームは、サイエンスが1.5流あるいは2流でもベストな結果に導くが、悪いチームは1流のサイエンスを無駄にしてしまう」と言われています。そのくらい、事業の内容だけではなく、マネジメントの構成やマネジメントが描く戦略、ビジョンが重要と考えられています。スタートアップ企業側も投資や支援をする側も「対等なパートナー」という気持ちで、こちらが伝えたいメッセージだけではなく、相手が知りたい情報を丁寧に説明することが肝要と思います。
[1] 経済産業省生物化学産業課. バイオ政策の目指すべき将来像. June 19, 2023. Slide 44. Accessed September 3. 2024.